聖人君子にはなれそうにない

煩悩たっぷりなP1の日々感じたいろいろな事について書くブログ

thank you, thank you, thank you

新しい年を今年も家族みんなで迎えられたことは   “めでたい🎉”   事ではあるけれど...

素直には喜ぶことができない。

 

高齢の両親と暮らしている私としては

年々年老い、だんだんと出来なくなる事が増えていく両親を疎ましく思う事もしばしば...

 

そんな時の私の顔はきっと眉間にシワをよせ、随分険しくなっているのであろう。

そして、心の中はblackな思考でいっぱいになっている。

 

“ 子供の頃、両親から言われた嫌な言葉 ”

“ 母が年老いた祖母に言っていた嫌な言葉 ”

当の本人たちはきっと覚えていないだろう言葉。

 

『自分達が散々言っていた言葉を今、そのまま返してあげたい。』

 

と思うblack な私、でも言ってしまったら、

“ あの人達と同じになる ”  

だから

 「絶対に言うものか」

と心に誓う 

 

(今から何十年か過ぎて、今度は私が息子に同じ事を言われないように...でも心の中ではきっとこれからも何百回と呟くのだろう)

 

老いは避けられない。全ての人に平等にやって来る。

新しい年が来た。また一つ歳を重ねる。 

両親も少しでも老いを避けようと努力はしている。それは解っている。

が...

それでも温かい心で全てを受け入れるのは難しいのである。

 

私の同級生で既に親を亡くしている人も少なからずいる。

『親孝行したい時には親は無し』

そう、親も永遠に生きることはない。いつかはいなくなる。

頭ではわかっていても人はなかなか行動に移すことな難しい。

 

私は親孝行と言うより逆に両親から同居して家事全般を担う私に少しくらいの感謝の言葉があってもいいんじゃないかと思う。

(まあ大概眉間にシワを寄せて怖い顔してるから、そんな事言う気にはなれないのは当然ではあるのだが...)

 

まあ私も、少しでも家事を手伝おうとしてくれる両親に素直に『ありがとう』と言えないのだけれど...

 

両親が元気でいるうちに

『温かい心』で両親を見守り

『ありがとう』と感謝の言葉を素直に言える自分になれるといいなと思う。

 

『ありがとう』 :  『blackな心の中の呟き』

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くらいになりそうだけれど...