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聖人君子にはなれそうにない

煩悩たっぷりなP1の日々感じたいろいろな事について書くブログ

どのように臨終のときを迎えたいのか?

 このところ” 死 ”について考えることが多い。伯母が亡くなったことも影響しているのかもしれない。

 

 その昔、悪性腫瘍疑いをかけられた時、いつも通りの普通の生活と最後の晩餐として白米とダシのきいたお味噌汁が望みだった。この時は疑いだけで結局なんともなかったのだが、実は今から9年ほど前耳下腺腫瘍で手術をしている。

 

 細胞診の結果、腫瘍は悪性ではないけれども将来ガン細胞に変化する可能性のある多形細胞が含まれている。それほど急ぐ必要はないが摘出した方が良いという医者の話だった。

 手術についての説明を受けた時に医師に

「手術した腫瘍からがん細胞が見つかったら?」

と聞いたら、

「がんセンターか大学病院に紹介します。」

とそっけない返事であった。

 

 この時は子供がまだ小学生になったばかりだったし、仕事をしばらく休まなくてはいけなかったのでその準備と術前の検査などで目が回るほど忙しく、あれこれ考えている暇がなかった。入院する前日も夜遅くまで残業していた。

 手術中も仕事をしている夢を見ていた。夢の中でもあまりに忙しく、電話がなって

「本当に、うるさいなぁ、忙しいんやで邪魔せんといてほしいわ!」

と言って電話に出たところで、看護師さんに名前を呼ばれ麻酔から覚めた。

 

 術後、摘出した耳下腺からはガン細胞は見つからず現在に至るわけだが、手術の後遺症で右側の目尻のあたりから耳にかけて常にしびれている。時々神経痛が起きるが生活に支障はないし、もう慣れた。首のシワに合わせて切開して、細かく縫合してくれたおかげで傷跡もまったくわからない。その点は医師に感謝している。

 

 余命宣告された時にしたいことは 『いつも通りの普通の生活』

 最後の晩餐として 『白米とダシのきいたお味噌汁』

 

 この二つは今も変わらない。

 しかし、最近 ”どのように臨終の時を迎えたいのか” が加わった。

 私が臨終を迎える時それは多分病院のベットの上だと思うが、もし息子がそばにいてくれて、息子が小さい時のように手をつないでいてくれたら涙が出るほど嬉しいかなと思う。そして幸せな気持ちであの世に旅立てるような気がする。(現実問題としてその時意識があるとは思えないが...。)  

 

 もちろんまだ息子には内緒である。